『ブラックボックス』

作 市田ゆたか様



【Ver 1.1】

加工が終わった胴体は、床から伸びた金属製のポールに固定された。

高級服飾店から届けられたパッケージが開けられ、老紳士から指定されていたメイド服が取り出された。
紺色をした上等な生地のワンピースタイプのドレスは、エプロンがなければイブニングドレスといっても通用するような仕立てであった。
メイド服は作業員の手によって、胴体に着せられた。そして、胴体からはみ出した両袖とスカートが、丁寧に切り取られた。
胴体に着せられたドレスは、寸法を測った後に脱がされた。そして、数枚に分解された後に裏地を何層もの金属繊維とプラスティックで強化コーティングされ、表地の質感はそのままに強度と耐水性を備えた外殻となった。
外殻には押しボタンやコネクタが各所に散りつけられ、エプロンで巧妙に隠された。
エプロンの上からコーティング剤が薄く散布されて硬化した。
完成した外殻は取り去られた表皮の代りにフレームに組みつけられた。

袖やスカート、そしてエプロンの腰下の部分には布の柔らかさを保つため、薄いコーティングが行われた。
袖は腕のパーツに通され、肩口で融着された。
スカートの腰まわりにはボディに固定する金具のついた金属製のリングが取り付けられた。リングのスカートの前面部分にはエプロンの下部が取り付けられた。

加工が終わった全てのパーツは胴体に組みつけられ、支持用のポールが取り外されて、メイド服を着た首のないロボットが出来上がった。
ロボットは金属製の椅子に座らされた。椅子の肘掛とフットレストにはくぼみがあり、手足のリングが固定されて、充電用端子と接続された。

「どうだ、終わったか」
加工の終わった頭部を持って校長がやってきた。
「はい、全て完了です。いま充電開始したところです。完了まで約4時間です」
「充電とプログラムは平行して行えるな」
そういって校長は頭皮がなく基盤がむき出しの頭部を作業員に渡した。
「はい、大丈夫です」
作業員は受け取った頭部と胴体側の首の部分のリングをあわせて、左を向いた状態ではめこんだ。
右に90度回すと、カチッという音がして頭部は胴体に固定された。

「ピーッ。キ・ド・ウ・シ・マ・シ・タ」
ロボットは小百合の声とはまったく違う無機質な声で言った。
「まずは音声ファイルのインストールだ」
校長はそう言って、ワークステーションと頭部の基盤をケーブルで接続し、ディスクをセットした。
ディスクには事前にサンプリングしたさまざまな場面での小百合の声が録音されていた。
『…おはようございます校長先生。…ねえねえ、今度の日曜なんだけど。…もう、美崎ってば、相変わらずねえ。…ちょっと、何するのよ。…あー疲れた。…あいうえおかきくけこさしすせそ……先生、これって何の意味があるんですか。…おいしいわね、これ』
ディスクに録音されていた音声が、ロボットの口から次々に再生された。
「音声ファイル・インストール・完了」
ロボットは、先ほどとは変わって機械的だが小百合とほとんど同じ流暢な声で報告した。
「問題なさそうだな。あとは任せるぞ」
そういって校長はワークステーションの操作を作業員に引き継いで部屋から出て行った。

ロボットは淡々と状況報告を続けた。
「コア・モジュール・インストール・完了」
「基本・オペレーティング・システム・インストール・完了」
「視聴覚・インターフェイス・ドライバー・インストール・完了」
「赤外線・リモコン・ドライバー・インストール・完了」
「ブラックボックス・ドライバー・インストール・完了」
「標準・メイド・プログラム・インストール・完了」
「ティーサービス・オプション・インストール・完了」
そして数時間が経過した。
「インストール済み・プログラムを・有効に・するために・再起動・します」
そういうとロボットは目を閉じ、しばらくして再び動きだした。
「ピーッ。システムチェック中です…………。ブラックボックスがありません。充電率82パーセント。カスタムメイドロボットF3579804-MD、起動しました」
そこまで言うとロボットは静かになった。
「よし、基本動作確認だ。充電を中断。立て」
作業員が言った。
「充電を中断し、立ちます」
手足のリングに接続されていた端子が外れ、ロボットは立ち上がった。
「ステータスを報告しろ」
「稼動部分正常。人工知能正常。メイドプログラム正常。ブラックボックスがありません。充電率80%、予想稼働時間は3時間12分です」
ロボットは淡々と状況を報告した。
「よし、全体のバランスをチェックする。指定されたとおりに歩け。前進」
ロボットはぎくしゃくした動きで歩き出した。
「右折。左折。ターン…」
何度も同じ動作を繰り返しているうちに次第にロボットの動きは滑らかになってきた。
「よし、充電台に戻れ」
「命令の意味が理解できません」
「そこの充電台だ」
「そこ、とは何ですか。具体的に指示してください」
「やはり、ブラックボックスがないとだめだな。右45度。2メートル前進してターン。腰掛けろ」
ロボットは椅子まで歩いてゆき、着席した。
手足のコネクターに電源が接続され、再び充電が始まった。
「ここの位置を充電台と記憶しろ」
「はい、記憶します」

しばらくして、校長がブラックボックスと頭皮を持って入ってきた。
「どうだね。状況は」
「はい、動作にはまったく問題がありません」
「ではセットすることにしよう」
頭部のマザーボードに囲まれた空間に黒い円柱がセットされ、コネクタにケーブルが接続された。
「ブラックボックスを検出しました。現在仮死モードです。睡眠モードに移行します」
校長は毛髪のついたヘルメットのような頭皮をかぶせた。
カチャリと音がしてそれは頭部に固定され、髪飾りの両端に付けられたパイロットランプが小さく光った。
「よし、覚醒させろ」
「はい。ブラックボックス、覚醒モードへ移行」
作業員がロボットに命令を伝えた。
「覚醒モードへ移行、制御をブラックボックスに引き渡します」
ロボットはそう言って目を閉じた。



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